日本人初、男子ゴルフ欧州ツアー新人王・久常涼がジュニアに伝える「楽しくゴルフを続けることがプロにもつながる道」

久常涼プロ

久常涼のプロ人生はどん底からのスタートだった。

3歳からゴルフを始め、「世界で戦いたい」とジュニア時代から海外でもプレーする経験を積んだ。中学3年生で日本ジュニアを制し、高校時代にはナショナルチームにも選ばれ、順風満帆かと思われた。だが、高校3年で挑んだ2020年のクオリティ・トーナメント(QT)で1次敗退を喫した。世界を目指すティーンエイジャーの久常にとって最大に挫折だった。

「QT落ちたのは、本当にお先真っ暗だと思いました。試合も出られないですし…。ただ、それが底だと思えば『もう苦しいことはないだろう』とがんばれました」。その言葉通りQT落ちにも関わらずプロに転向。21年6月にABEMAツアーで初優勝を遂げツアー・シード権も獲得。22年から海外に参戦すると、同11月には欧州ツアーQT7位で同ツアーの出場権を獲得。23年9月に行われたフランス・オープンで同ツアー初優勝を成し遂げると、シーズンをランキング17位で終え、日本人として初めて欧州ツアー新人王に輝いた。久常はこれで24年のPGAツアー参戦権を勝ち取った形だ。

「初優勝も新人王もむちゃくちゃ嬉しいですけど、一番嬉しいのはPGAツアーに参戦できることです。(新人王獲得は)サンタさんからのプレゼントだと思うことにしています」。久常はインタビューが行われた12月中旬に合わせるかのように、自身の快挙の喜びを表現した。

久常は23年をこう振り返る。「1年間ヨーロッパで戦い良い経験にも自信にもなりました。色々と手にいれることができた良い1年でしたし、やり遂げたできたことが嬉しかったです。去年QT通ってヨーロッパでプレーできるようになり、24年シーズンはPGAでプレーできるようになるので、自分としてもステップアップは早いなと感じました」。

本人の言葉からも思いがけず順調だった海外戦の様子が窺える。「まずヨーロピアン・ツアーに出場できたのが、びっくりでした。2022年4月にISPSのスペインに推薦頂いて出場しましたが予選も全然通らなくて、カットラインが長かったり、自分が思ったレベルよりも高かった。それがQTに通り、この1年シードを取れるようにがんばった結果、いい感じに戦え、結果もついて来た。自信をつけながら、毎週戦えたことが良かったんでしょうか」。

これまで欧州ツアーに参戦して来た日本人ゴルファーが口にするのは、欧州大陸を転戦する際の難しさだ。2003年、欧州ツアーQTに参加、「カタール・マスターズ」で2位に入った佐藤信人もそんなひとりだ。「ヨーロッパに行ってから難しいと言われ(ロンドンを拠点にしていた)僕もそう感じていた。それがヨーロッパが始まってから結果を出したんで、すごいなと思いましたよ」。

これについて久常は「(海外を転戦する)川村昌弘さんにも『ヨーロッパに入ったら難しさを感じるかもね』と言われていたんです。それがラッキーなことに、毎回コース視察の際、良いイメージだけ教えてもらっていました。『ツネ、今週は合ってるよ』とアドバイスされ、思い込みも含めできたのは大きかったかもしれません」と意外なフィット感を抱いたのだと語る。

そのフィット感は生活面にも及んだ。「ヨーロッパでプレーするのも、食事面、移動面を含め、今季はうまく順応、対応できたと思っています。食事は食べられるものを食べる。お米を食べることもできないので“ステーキとジャガイモ”みたいな感じで、バランスはまったく考える余裕はありませんでした。食べないと、どうしても痩せてしまうので、とにかく痩せないように気をつけました。ふだんは82、3キロなのが、77、8キロまで落ちる。実は自分のベストは80キロ欠けるぐらいだと思っているので、そういう意味では良い方向に転んだと思います。日本にいると、どうしてもご飯が美味しいので食べ過ぎでオーバーしちゃうんで…」と21歳の若手らしい表情も覗かせた。

岡山出身、父の影響でゴルフを始めたものの、小学生の頃には遠征があると、ひとり夜行バスで移動、転戦していた。いきなり飛び込んだ欧州ツアーで、これだけの適応力を発揮できた秘訣は、そんな源流があったからだろうか。

「小学校3年生の時にアメリカの試合に出させてもらいましたし、少し早いうちから海外を知っていたのは、良い経験になったかもしれません。海外でプレーしたいという思いが強かったこともあって、国内でプレーするのも良いですが、海外でプレーする方が楽しさが増す気はします。確かに小学校6年生の時からひとりで試合に行っていましたから全部、自分で決めるしかなかった。なので、すべて自分で決めるのがルーティン。欧州ツアー挑戦も自分で決めました。今季もヨーロッパは全試合出てやろうと思っていたんですが、途中で心が折れて、何試合か休もうと決めるのも自分。自分で決めて、ダメだったら方向転換しようと。もちろん、川村さんを含め、いろんな先輩のアドバイスも取り入れながらやっていますが、決めるのは自分。それが現在の成功に繋がっているかもしれない」と自身の決断を最大限に尊重している。やはり世界に挑む選手には、その程度のタフさは必要なのだろう。

「あ、いや、でも移動はやはり大変なので飛行機が好きだったのに、飛行機は嫌いになりそうです。とにかく乗っている時間が長いので。ヨーロッパ内は大丈夫ですが、アメリカに行ったり、日本に帰って来るのは時差が辛いです。それに今は僕だって夜行バスは無理ですよ」と笑う。

海外で好成績を残す秘訣はあるのか。「僕の場合はまずは、深刻に考えない。すべてラフに。自分なりに10割ではなく、8割程度ぐらいで、楽な気持ちで生活することでしょうか。海外では、深刻に考えないことが大事だと思います。息抜きも少ないですし。川村さんたちと週に1、2回一緒にご飯食べに行くことぐらいですよね。ツアーが一緒でもホテルも違いますし、それぞれの生活リズムもありますから。一応、パリではベルサイユ宮殿を見に行ったり、その場所場所も巡ってみました。ロンドンは予選落ちしたので、週末2日でバッキンガム宮殿を見に行ったり観光していました(笑)。楽しかったのは南アフリカ。レオパルドクリークのコースでは象が見られたりするんですが、ラウンド終わったらそのままサファリに行きました。1人ではさすがに楽しくないですが、誰か誘って行ったり、そんな息抜きが大きかったですね。やはり思ったように移動できなかったり、日本のありがたみが感じられる1年でした。(不便な)海外こそがスタンダードで『日本は天国だ!』と考えて生活しています。早いうちにこの経験ができて良かった。タフになれました」。

いよいよ、2024年はPGAツアーに挑むが、本人としてはあまり目標を立てないと宣言している。「目の前の1試合1試合をがむしゃらにがんばる。ヨーロッパでできたので、特段変えないことが大事。すべてあるがままでがんばる、アメリカに順応していく、がむしゃらに来年も突っ走っていかないといけない。強いて言えば、1年を戦い切る、そしてまずはシード権を取りたい。ただ、英語には苦労したので、PGAは日本人のキャディさんをお願いするつもりです。世界中でプレーしたくてプロになったので、この先も海外を含め、いろんなところでプレーしたい。初めての国にもチャレンジしたいです」とツアーそのもの目標よりも、さらなる意欲を覗かせた。

一方で、自身が欧州ツアーで初優勝を遂げたフレンチ・オープンの舞台は2024年、パリ五輪の舞台となる。ゴルフは東京五輪で改めて競技に加えられたため、複雑な思いを抱くゴルファーも多い。東京ではジャスティン・ジョンソンやアダム・スコットらが早々に辞退を表明。五輪そのものがゴルファーにとって最高峰の舞台かと問われると、まだ時間が必要な状況だろうか。

しかし久常は五輪出場への憧れを口にして憚らない。「僕は2018年に(アルゼンチン、ブエノスアイレスで)行われたユース・オリンピックにも出場させてもらっています。その時、日の丸を背負って戦うのも、同年代のアスリートとアルゼンチンまで行ったのは良い経験になりました。そこで『日の丸を背負って五輪でメダルを取りたい』という気持ちは芽生えました。幸い、早いうちにパリというチャンスが来るので、それを掴み取りたいと思っています。ナショナル・チームではコーチもオーストラリア人で、さらに色々と海外遠征もあり、身構えてしまうというところがなく『外国人も同じ人なんだな』と、取っ払えたのがよかったと思っています。うーん、パリ五輪、がんばって出場したいですね」と五輪への憧憬を隠さなかった。

久常の視線はすっかり海外にあるとして過言ではないだろう。しかし、日本のツアーを見つめ直す機会にもなったようだ。「一国で年間に23試合も開催している日本のツアーはすごいのひと言ですよね。(来季も)フェニックスオープンは出場できそうですし、ZOZOチャンピオンシップで勝ってみたいとも思います。もちろん、今は自分のことで精一杯ではあるんですが、自分自身は日本のジュニアで育って来た。大会を通じて学ことが多かったのでジュニアの大会も開催してみたいし、普及に尽力したいですね」。

自身が歩んで来た道でもあるためか、ジュニアには伝えたいメッセージもある。「僕が世界を見て感じるのは、いろんな経験がとても大事だということ。どの世界に行ってもゴルフだけでなく、いろんなことに挑戦することが自分の人生のプラスになる。毎日一つでもチャレンジすることを伝えたいです。まずは楽しく、ゴルフをすること。僕自身、ツアーを回っていると辛いこともある。そんな中、プライベート・ゴルフが一番の癒しです。嫌いなものは続かない。僕はゴルフを嫌いになったことは一度もない。嫌になったら辞めても良いと思います。辞めてまたやりたいと思ったら、やればいい。楽しいゴルフをやり続けることが大事。楽しくゴルフを続けることが、プロにもつながる道だと思います」と自説を展開した。

来季、PGAツアーで真価が発揮されるか。久常は自身のゴルフについて問われると「まだすべて欠けているところばかり。でも今は欠けていても良い。ゴルフ全体として戦っていけているので自信にはなりました。でも、もう一つレベルアップしないといけない。そんなところで、いかに戦って行くかが課題ですね」と気を引き締めた。

2024年は全英オープンに出場、全米プロもターゲットに入っている。だがやはり「出場したいのは、マスターズですね。そこに向け世界ランキングを上げるように頑張りたい」と、憧れの存在・松山英樹が制覇したメジャー大会の名を挙げた。松山はいつも的確なアドバイスを与えてくれる憧れの先輩。しかし、その姿を実際に目にした際は「実在するんだ」と呟いたエピソードがあるほど、雲の上の存在。久常がこの後、「神」とさえ崇める先輩に近づいて行くのか。24年、男子ゴルフ界でさらなる耳目を集める。